信州大学医学部歯科口腔外科レジデント勉強会

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Department of Dentistry and Oral Surgery, Shinshu University School of Medicine


いわゆる有病者の歯科治療

26. 脳血管障害について

2000.9.20 中塚 

【1】定義

 脳血管障害とは、脳血流の減少または途絶により神経組織が死滅し、意識障害や運動麻痺等の精神・神経症状が出現した状態。

【2】分類 

1,脳 梗 塞

@脳血栓症
 動脈硬化性変化を起こした脳血管において血栓が成長し血管が閉塞したもの。高齢者に多い。
A脳塞栓症
 大部分は心臓内の血栓が剥離し脳動脈を閉鎖したもの。心臓弁膜症、心筋梗塞、心奇形等の心疾患が基礎にあり、若年者にも起こる。
B一過性脳虚血性発作(TIA)
 神経脱落症状が一過性で24時間以内に症状が消失するもの。
C可逆性虚血性神経障害
 症状が24時間以上続くが3週間以内に完全に消失するもの。

2,頭蓋内出血

@高血圧性脳内出血
 最も頻度が高い。図参照
Aクモ膜下出血
 75%以上が脳動脈瘤の破裂、5〜10%動静脈奇形からの出血。
B硬膜下出血
C硬膜外出血

 

【3】問診の取り方

 脳血管障害は循環器疾患を基礎に発症するため、歯科治療に際して脳血管疾患の原因疾患および合併症を把握し、その重症度を正確に評価する必要がある。

1,発作の時期・症状経過
 脳血管障害発症後6か月以内は症状が安定しないため6か月を経過するまでは歯科治療を延期すべきである。
 TIAから脳梗塞に移行するケースが多いため、最近初めてTIAを起こした患者はリスクが高く歯科治療は行わない。

2,原因疾患とその重症度
 主な原因疾患は高血圧であるが、その他心筋梗塞、心臓弁膜症等、心疾患を基礎にもち心予備力が低下している患者も多いため、この評価が必要である。問診で得られる情報が少ない場合、患者の主治医に対診することも必要である。

3,服用している薬剤

【4】合併症による歯科治療時の問題点

1,高血圧
 問題点:治療中血圧の急上昇
 対策:除痛、鎮静法の使用、急上昇した場合アダラート(10J)1Cap舌下投与。

2,狭心症・心筋梗塞
 問題点:狭心症発作、心筋梗塞の再発。
 対策:鎮静、また発作予防としてニトログリセリン(0.3J)1Tabあるいはニトロスプレーを治療3〜5分前に舌下投与。

3,心臓弁膜症・心奇形
 問題点:感染性心内膜炎。
 対策:抗生物質の予防投与。

4,糖尿病
 問題点:術後感染・創傷治癒の遅れ。
 対策:抗生物質の投与と術後管理。

5,心不全
 問題点:急性肺浮腫。
 対策:座位姿勢での治療、鎮静、酸素吸入。

【5】服用薬剤による問題点と対策

1,降圧剤(交感神経抑制剤)
 問題点:起立性低血圧。
 対策:水平位での治療後、ユニットの背板をゆっくり起こす。

2,抗血栓剤
@抗凝固剤(ワーファリン)
 問題点:抜歯後の出血。
 対策:PTが正常値(11〜12秒)の2倍以上で、術前3日前より薬の減量、中止。

A血小板凝集抑制剤(アスピリン、パナルジン)
 問題点:抜歯後の出血
 対策:出血時間(正常値2〜5分)の延長がある場合、術前5〜7日前より薬の減量、中止。

3,強心剤(ジキタリス)
 問題点:心室性期外収縮、嘔吐。
 対策:キシロカイン静注、催吐刺激を出来る限り避ける。

4,血糖降下剤(インスリン、経口血糖降下剤)
 問題点:低血糖発作。
 対策:昼食前、夕食前の空腹時に治療はせず、治療中意識がもうろうとした場合、角砂糖を与える。

5,パーキンソン病治療薬(L-ドーパ)
 問題点:Epi含有局所麻酔薬による頻脈、血圧上昇。
 対策:シタネスト・オクタプレッシンの使用。

【6】後遺症による問題点と対策

1,片麻痺(右片麻痺、顔面麻痺)
 問題点:ブラッシング困難、義歯の維持が悪い。
 対策;歯ブラシの柄を太くする。義歯の床縁を広くする。

2,失語症
@感覚性失語
 問題点:術者の話すことが理解できない。対策:分かりやすく、簡単な指示で。
A運動性失語
 問題点:言いたいことが言葉にできない。対策:根気よく聞く。

3,失行(口部顔面失行)
 問題点:咬合採得困難。対策:患者のオトガイ部に術者の手を添えて軽く下顎を押し上げる。

 

<参考文献>

  有病高齢者歯科治療のガイドライン  クインテッセンス出版

  歯科のための内科学         医歯薬出版

  内科レジデント実践マニュアル    文光堂

  高齢者歯科医療マニュアル      永末書店  


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